ほとんどの人は
京都府・奈良県は
修学旅行でかならずと
言っていいほど
訪れている所でしょう。

また、泊りがけで
観光する人も
少なくありません。

ところが僕は
京都府と奈良県に
修学旅行で
行ったことはあり
ません。

観光目的で宿泊した
こともありません

一応、京都府と
奈良県に宿泊したこと
自体はあります。

しかし、それは
「研修」という目的
において、です。
(注1※京都府
は大学受験でも
宿泊しております

注2※18歳のとき
奈良公園(奈良県奈良市)
で野宿した経験があります。
鹿さんには歓迎されましたが
宿泊と言えるのか
わかりません)


京都府は
西日本D市時代、
大学(のち中退)に
入ったときの
新入生研修で。

奈良県は
西日本E市時代、
就職したときの
新人研修で
訪れ、宿泊して
います。

研修場所は、
D市やE市で
住んでた所、
通学先、勤務先、
いずれの
近くでもありません。

それらから離れて
いて、直接関係が
ない場所でした。

京都府の方が
京都府南丹(なんたん)
市付近

奈良県の方が
奈良県大和郡山(やまとこおりやま)
市付近と考えられます

”考えられます”という
のは

研修場所は
バスや車でしか行けない
所だったからです。
(田舎、もしくは山奥)

どこをどう行ったのか
覚えていません。さっぱり
わかりません

おまけに現在は、
当時行っていた
大学、企業とも縁が切れて
いる状態です。

忘れちゃったし、
もう、どうでもいいやと
放置してきました。

今、それらの研修所が
存在しているのかすら
わかりません

研修施設のような
福利厚生施設は
高度成長期から
バブル期にかけて
さかんに建てられた
ものです

現在のような衰退過程
にある日本では

維持するのにお金が
かかりすぎて

どんどんつぶれる傾向に
あります。

その跡地は金持ち向けの
別荘やマンション
になる傾向が強いのです。

京都府南丹市付近の
研修施設は
あの無名四流大学の
セミナーハウスだった
かもよくわかっていません。

セミナーハウスなんて
持ってなかった
ような気がします。

学生数が少なく、こじんまり
とした大学だったので

そりゃもう、何千何万と
学生数の多い
マンモス大学は、日本武道館
みたいな所を借りて
何回にも分けて
入学式やるらしいのですけど

うちの大学の入学式は
自分ところの体育館で
一発で終わったはずです。
(小中高と同じ)

デカい大学だと
西日本の大学でも
信州あたりに
セミナーハウスを
持ってたりするものです。

それで、結局、これらの
研修所に行ったものの
周辺の散策や
観光地めぐりした記憶が
ありません。
おみやげも買ったのか
記憶にありません

何か研修終わったら
まっすぐ帰ったような気が
します(むしろ、そうしたかった)

オリエンテーションみた
いなのは確かに受けました。

それで、研修生、スタッフ、
講師陣などをを取り囲んで
お酒、宴会した
覚えはあります。

それだけです

泊まった研修施設は
両者とも、ユースホステル
みたいな所だったような
気がします。

個室とかでは
なかったです。

二段三段ベッドが置いてる
相部屋で寝たような
気がします。

それで、入浴は
共同浴場で
食事は大食堂みたいなところ
に行ってするというもの。

(一応、僕は幼少時から
「野郎(男)しかいない」そういう
環境にいたことはありません
男女共学、男女がいる職場
でした。

男だけの世界って
ギスギス荒くれた雰囲気で
生理的に嫌なんですね。

ですから、僕の話には
女子もいる、と思ってください。)


まあ、覚えているのは
そんなものです

別に自分が行きたいと
思ったわけでもなく
誰かが決めて、ここに
行けと言われて
行っただけの話

きれいさっぱり忘れて
当然かもしれません
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昔、友達と和歌山県に行った
ことがあります。和歌山市の
加太(かだ)
という所で、大阪から
だと日帰りで行くことも
できなくはないでしょう。

大阪から、南下すると
和泉(いずみ)
山脈にぶつかります

これが和歌山県
と大阪府の
府県境になってる山脈です
これ越えたら和歌山県です
加太まではそう遠くありません

海から離れるとけっこう険しい
山脈なのですが、海に近づくと
大したことありません
孝子(きょうし)峠で
標高100メートルぐらい
です

加太では
かなり歩いた記憶が
ありますので
車がなければ泊まっても
いい所かもしれません

行ったところは友ヶ島と
淡嶋神社でした

(加太から見える友ヶ島)
23938787_s.jpg

友ヶ島は、加太港から
汽船で渡ります。
当時、汽船代が高かったような
気がしていました。

(現在は往復の乗船時間40分で
往復運賃2200円+オプション代。
知床遊覧船は乗船時間
3時間45分で6800円+オプション代
うーん、どっちが高い?)

昔、帝国陸軍の砲台が設置され
要塞化しており、一般人は
立ち入り禁止だった島です
今は廃墟。

当時の印象は薄いです。
全然面白くありません
でした。
24018246_s.jpg

その後、天空の城ラピュタ
で有名になり、カフェもできてる
そうですね。

他は淡嶋神社へ行きました。
2万体の市松人形、博多人形
などが所狭しとあちこちに
置かれていました。全国から送られた
人形を供養する神社として
有名です。

この神社に行って
多数の人形を目の当たりに
した僕の印象は
「気持ち悪かった」
のひとことです

髪の毛が伸びたり
目玉がギョロっと
動いたり、唇の間から
歯が出てきたり・・
そんな人形が何体かあっても
おかしくないだろうなと思いました
888035_s.jpg

今だったら、こういう所は
近寄りませんね

ただ、実家には祖母の残した
人形がまだたくさんありますし
こういう所で供養してもらわない
といけないのかなあ、と思って
います。

僕はあの当時から
面白半分で心霊スポットに
行くべきではない、と思って
いましたが、友達の誘いとか
断りきれないことがあり、

結局、滋賀県大津市、
琵琶湖畔にある
幽霊ホテル(木の岡
レイクサイドホテル)
にも行ってるのです。

90年代にダイナマイトで
いっきに爆破され
今は緑地公園になって
るそうです。

じゃあ、緑地公園に
なってる今なら行っても
いいのか?と問われたら

やはり、行きたくないですね

爆破したから
安心みたいに思ってる
のは何も知らない人です。

地縛霊というものの意味が
わかっていません。

地縛霊とは土地そのものに
執着している霊ですから、
時代が下って、
コンクリートの建物が
無くなろうが関係
ないんです

数々の心霊番組でやってたじゃ
ないですか。過去にお墓が
あったなど、因縁の地に住む
人の家に次々起こる怪異現象。
・・・・あたりまえだって。

結局、加太のいい所は海がきれい
だった、自然があった。それだけです。
それでいいんです

偏見かもしれませんが
和歌山は何かと拝観料とる施設が
多く、路線バスなど運賃も高いような
気がしました。いっそのこと
思い切って南紀まで行ってもいいかも
しれません。

あと、当時は和歌山港から
徳島県の小松島港まで
航路があったのですね
阿南まですぐそこですね

今では本州四国連絡橋が
できたおかげで
紀伊水道を船で渡った
方が早いのか、よく
わからなくなりました。
昔、名古屋(愛知県)
に仕事で
出かけることがありました

nagoyajou.png

上京後の話です
非正規でしたが、
出張というものに
近いと思います。

のべにして
40~50回は行ったと
思います。

宿泊先はその都度、
自分で見つける
ことになってましたが

勤め先の上の人
には「錦(にしき)
には泊まるな」
と言われていました

錦とは名古屋で
高級飲食街がある
一帯だそうです
錦3丁目に集中することから
「錦三」とも呼びます

結局、僕は一度も
行ったことない所です。

よく知らない
のですが、栄(さかえ)
の近くにあるそうです。

東京の銀座や大阪の北新地
とよく比較されるようです

そこでホテルに泊まると
一泊7000~10000円。
東京のど真ん中に泊まるのと
変わりありません。

僕は名古屋はもともと
土地勘がゼロで、
通過したことしか
ありませんでした

それでいきなり「錦に泊まるな」
と言われても、どこに泊まって
いいのかわかりません

いろいろ探していたところ
名古屋駅の近くに
安い宿を見つけました

なんか、不思議でした

名古屋駅と言えば
高層ビルが
建ち並び、すごく栄えて
いる所です

しかも、そこは
カプセルホテルでは
ありませんでした。

普通に旅館、
ビジネスホテル
があるのです。

ビジネスホテルで3000~4000円
旅館で2000~3000円

や、安い!!

当初は旅館にしよう
と思いましたが
大浴場のようなものが
あるわけではなく、
小さめの共同風呂?のような
感じでした

宿泊代が自分のお金なら
安めの所に泊まるかも
しれません
が、会社の金なので
ケチる必要はないと思い
4000円ぐらいのビジネスホテル
に泊まりました

名古屋駅にはいろんな
出口があります。

このときは、
「太閤通口」という出口
から出て、少し歩いた所
でした。こちらの出口を出ると
中村区になります

ホテルは4~5階の部屋を
とれました。けっこう
きれいな部屋です。

窓を開けるとビルばかり
ですが、大都会・名古屋の
夜景です。眺めはそんな悪く
はありません。窮屈でも
なく、下は住宅街の道路、
人が歩いてる姿も見えました。

(いい部屋を見つけたなあ)と
思い、風呂に入り、ベッドに
もぐりこみ、眠りにつこうと
しました。

深夜、ホテルの外がやたら騒がしく
なりました。暴走族です
この辺をグルグル、サーキット
のように走り回り
うるさくて仕方がありません。

その後、警察車両(パトカー)
の音が加わり、カーチェイスの
ような感じになりました

そして、静かになりました

これで一安心
と思いきや

今度はホテルの下の道路に
ヤンキー風の若者、チンピラ?
やくざ?のガラの悪そうな
連中がたむろするように
なりました。
大声を出したり、騒ぎ
まくるようになりました

読者のみなさまは
「注意してきたらいいのに」
というかも
しれません。

「実際に体験した人」として
言わせてもらうと、そんなの
できる状態ではありません

めちゃくちゃ怖いというのが
正直なところです。外出なんて
できる状態ではありません

ドアにしっかり鍵をかけて
ジッとしているしか
なかったのです

夜通し、こんな状態でしたから
ほとんど眠れなかったです。

で、(二度とこんな所に
泊まるか!!)と
思いました。

後になって、泊まった所は
笹島という日雇い労働者の
ドヤ街ではないかと
考えています

笹島という地名の所に泊まった
記憶はありません。というか
笹島という地名はなく、慣習的に
そう呼ばれている通称名でした。

東京の山谷(さんや)、
大阪の釜ヶ崎と
同様です。山谷とか釜ヶ崎という
地名をいくら探してもありません
ので。

名古屋駅の太閤通口という出口
から出て少し歩いた所にある
安宿ということで、
笹島だった可能性は高いです。

笹島は、東京・山谷、横浜・寿町、
大阪・釜ヶ崎などと並ぶ、
戦後の日本を支えてきた
日本有数の日雇い労働者の
街、ドヤ街だったのですが

名古屋駅のすぐ近くで
あることから
再開発が進んでいました。

僕が泊まった時期は、すでに
輪郭がぼやけ、消滅しつつ
あったのです

東京の山谷、大阪の釜ヶ崎
なども通ったことはありますが
いずれも昼間の話です。

ドヤ街の夜の顔というのは、全然
違うんじゃないかと思います。

治安の悪さは、外国のスラムとも
十分張り合うかもしれません

それ以降、仕事での定宿は
すべて名古屋の市外に
してしまったのです。

最近では帰省旅の途中に
たまにカプセルホテルで
名古屋市内に泊まることも
ありました。が、中心部は
避けており、千種区とかに
しています
プロフィール

五大

Author:五大
現在、非正規低収入の内向型人間。昭和後期生まれ。
日々感じたことや、思い出などを書いてゆきます。

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